安藤の随筆 あのよろし お金

けふもつれづれなるままにふでをはしらせかきつらねます

私が先日見た夢(ドリーム)はあの国民的アイドルであるSMAPの木村拓哉さんにいじめられるというものでした。

 

いじめの内容は幹事の木村くん(ジャニーズ事務所的呼び方)がみんなから何かしらの会費を徴収し僕の目の前でその会費を、数枚のお札の会費を、

床に落とします。僕がぶつかった(交差点食パンくわえて転校生と的な)と言いがかりをつけ僕に拾わせるという内容のいじめでした。

けれど僕は召喚師の末裔(イケメン召喚師)だったので召喚獣を召喚してきゃつらに拾わせました。結果的に召喚獣がしいたげられた結果になってしまいました。タイタンごめんね。ギリシャ語ではティターンだよ。

であるからして、ティタンタンは有名すぎるにあまるFuji2加藤のもちギャグでありますね。

思うにあたるであるからして、ところてん。

お金って大事ですね!

召喚獣タイタンも必死に拾います。
まー一番じゃないにしろ、そこそこ大事な部類にカテゴリます。

 

 

もしもそんなお金が、人間が築いてきた歴史のどこかで間違って一発ギャグと入れ替わってしまったらこの世界は少し今とは違っていたでしょう。

可能性は0ではありません。

昔ドラマでみた、生まれたばかりの赤ちゃんが病院で取り違えられ、そうと知らない別の親の元で育てられるといった事件もありました。

事実は小説より奇なり。

人間が想像できることは、人間が必ず実現できる。

ちょっと想像してみましょう。

 

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もともと人間は自給自足で生活をしていました。

食べなければ生きてはいけない。まさに食料を得ることがその当時の収入だったのでしょう。

次の時代になると物々交換が登場します。

魚を捕まえるの得意な人は魚をたくさん捕まえ、狩が得意な人はお肉、木の実や野菜の採取が得意なものはベジタブル。それぞれが持ち寄り自分の欲しいものと交換していたのです。

しかし、物々交換は両者の需要がマッチするときにしか成立しないため交換する相手が見つけられない場合には自分の食料を腐らせてしまいます。

そこで生まれたのがギャグです。

人々は何かを得るためにギャグをしてそのギャグと交換に食べ物を得る。

ギャグを得たものはそのギャグを用いて自分の欲しいものを得る。

当時のギャグは布団が吹っ飛んだ。や、ダンカンバカヤローなどの誰にでも簡単に得ることの出来るものだったので今のような通貨の安定したものではありませんでした。

 

 

 

そこで人類は誰にでも平等にかつ共通の価値のある物まねギャグを使い出します。

時は飛鳥時代、中国にヤオ パイ オーというギャグがあります。それを見本にして作ったのが日本の最初の物まねギャグではないかといわれています。

そうです。あの有名なヤバいよ。ヤバいよ。です。

飛鳥時代の人はお腹が減って死にそうなときにほんとにやばくて、
「ヤバイヨ。。。ヤバイヨ。。。」
と心の叫びを声にしたらギャグと間違われて食べ物をもらったとかもらわないとか。

それから奈良時代、平安時代に入り708年に物ボケギャグが生まれました。

坂上田村麻呂がマロニーを持って

「どうも坂上田村マロニーです。」といって莫大な富を得て蝦夷の抵抗を抑えたのはあまりにも有名である。

 

安土桃山時代になると金銀が撮れるようになったため戦国大名が金ギャグ、銀ギャグを作るようになりました。

そして豊臣秀吉が「豊臣でも金、羽柴では銀、木下では銅!んーこのギャグどう?」というシュールが出回りました。

しかし、庶民には理解されず「何も言えねぇ。」と言うことでシュールなど手にすることはほとんど無かったようです。

 

 

江戸時代になると日本で最初のギャグ制度が統一され全国で「江戸はええどー」が使えるようになる。

後はずっと鎖国してた。

 

明治時代、明治維新が起こり大政奉還後の時代です。

当時のギャグ制度をさらに整えることを目的として造ギャグ局が大阪に作られました。後の吉本興業です。

そして現代、ギャグは電子ギャグーやビットギャグなど新しい形に変わりつつあるのである。

ふと、おギャグの歴史をまとめ上げ何気なくテレビをつけるとバラエティー番組でお笑い芸人がお金を飛ばしあっていた。そんな光景に僕は

「あいつら今日もギャグ稼いでるなぁ」

とつぶやいたのだった。

 

 

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